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ショートエッセイ#21『贈り物がもたらすもの』

9.11自爆テロ。それは人類全体を震撼させる大事件であった。大勢を乗せた旅客機がハイジャックされ、その旅客機ごと高層ビルに激突するという衝撃の出来事であった。この痛ましい出来事を受けて、世界各国がアメリカへの惜しみない哀悼を表明した。今回紹介したいのは、その際のとある人々の様子である。その人々とはケニアのマサイ族だ。彼らは9.11の出来事を知ると、自分たちもできることをしなければならない!と立ち上がり、直ちに被害のあったニューヨーク市に贈り物をしている。その贈り物とはなんと、
牛14頭🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄🐄モー
言うまでもなく、世界一の金融街であるニューヨークにとって牛14頭の経済的価値は塵程度のものだ。しかしケニアのマサイ族にとってこれはとても大きな財産である(ケニアでは、牛と同等の価値があるものは子供と土地ぐらいだと言われている)。ケニアの人々は、自分たちが捧げられる精一杯の贈り物として牛14頭をかき集めてニューヨークに送ったのだ。ケニアの人々は同時に「米国のみなさん、あなたたちを助けるために牛を差し上げます」というメッセージも送っており、これに対してニューヨーク市民は「この牛はこれまでに受け取った中で最も素晴らしい贈り物だ」と述べている(最終的には検疫の関係で牛を国外に持ち出せず、換金して市の教育資金となった)。
贈り物を贈る時、そして受け取る時、大事なことは「そこに込められた思い」である。ニューヨーク市民は取るに足らない牛を得たが、同時にそこに込められたマサイ族の人々の思いも受け取ることで、彼らはかけがえのない友を得た(実際、以後交流が盛んだそうだ)。贈り物を受け取る時に、そこに込められた思いを無視するならば、それは本当の意味で「贈られた物」を受け取ったことにはならない。なぜ主なる神様は独り子イエス様を私たちに贈ってくださったのか。そこにももちろん、込められた思いがある。神様は私たちと親密になることを望んでおられる。マサイ族とニューヨーク市民を繋いだのが14頭の牛ならば、神様と私たちを繋ぐのがイエス様なのである。この冬はぜひ、イエス様を受け取って、神様と親密になろう。
