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ショートエッセイ#40『心の周波数をどこに合わせる?』


聞こえないはずのものが聞こえる。それは身の毛もよだつ恐怖体験である。今回、そんな恐怖体験の舞台となったのが、富山地方鉄道の「電鉄富山駅」である。突然、駅構内のスピーカーから「チーン」という音と共に、お経が流れ出したのである。薄暗い駅構内で突如お経が流れてくるのである。遭遇した人々の驚きと恐怖はいかばかりだっただろう。想像してもらいたい。何気なく普段通りに駅にやってきて、薄暗い構内を歩いていたら、突如「なんちゃらかんちゃらうんちゃら」とお経が聞こえてくるのである。私だったら「ひゃー!」と叫んで逃げ出すかもしれない。

 さて、なぜ突然このような現象が起こったのか。理由は割と単純であった。駅の近くにあった葬儀場内のワイヤレスマイクの周波数が、駅構内のスピーカーの周波数とたまたま一致してしまい、葬儀場内のマイクで坊主が読んだお経が駅構内のスピーカーで拾われてしまったのである。そういえば私も似たような経験がある。かつて別の教会で牧師をしていた頃のことだ。当時その教会ではワイヤレスマイクを使っていたわけだが、ちょうどその日開催されていた静岡マラソンの誘導スタッフの声を拾ってしまったのだ。ワイヤレス装置の周波数というのは私たちが思っているよりずっと種類が少ない。だからこうした「近くの音をうっかり拾ってしまう」という現象が時折起こるのだ。

 礼拝で聖書をもとに神様の言葉や思いが明らかにされる。それはまさに「神様が語られる時」だ。しかしひとたび礼拝が終わると、私たちの日常には礼拝が無い。私たちが日常で神様の言葉や思いを聞くことはなかなか難しい。しかしそんな時は思い出してほしい。たとえそこでお経が読まれていなくても、周波数さえ合えば、駅構内にお経を流すことだって出来るのである。たとえそこで聖書が読まれていなくても、私たちが心の周波数さえ合わせれば、ちゃんと神様の言葉や思いを聞けるはずだ。私たちは普段、どちらかというと雑多で雑音だらけの方向やスキャンダラスな事柄にばかり周波数を合わせている。そうではなくて、神様に向かって周波数を合わせ、「神様は今私に何を伝えようとしているだろうか」と考えてみてはいかがだろうか。ややもするとそれは、駅構内にお経を流すより簡単な気さえするのだが、どうだろうか。