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ショートエッセイ#45『フロッピーディスクの活用法』


 フロッピーディスクをご存じだろうか。正方形の記録媒体で、主にワープロの時代に活躍した、前時代の産物である。今や、スマホどころかちょっとしたデジタル腕時計ですら当時のフロッピーディスクを遙かに上回る容量があり、もはやフロッピーディスクは過去の遺産となっている……と思っていた。ところが、実は企業や公的機関などでは未だに重要資料の保存などにフロッピーディスクが使われているところがあるのである。繰り返すが、フロッピーディスクは今や、腕時計などよりも容量が小さいのである。なぜそんな前時代的な遺物を未だに活用するところがあるのだろうか?この事実に対して多くの人が「きっと現代的な物に切り替えるのを嫌がる旧世代の人々のワガママのせいだ」と批判するのだが、どうやら事実はちょっと異なるらしい。

 繰り返すが、フロッピーディスクは前時代の記録媒体であり、今日のものとは何万倍(これは大袈裟な数字ではない)も容量に違いがある。さて、これだけ容量に違いがあると、とても面白い現象が起こる。なんと、「フロッピーディスクは容量が小さすぎるので、コンピューターウイルスに感染しない」というのだ!コンピューターウイルスはコンピューター上の記録やプログラムを全て破壊してしまう実に厄介な存在だ。当然それらは「厄介なシステム」として記録媒体から記録媒体に乗り移っていく。ところがフロッピーディスクは容量が少なすぎて、現代のコンピューターウイルスが入る余地がないのである。こうして、実はフロッピーディスクは今「最も安全な記録媒体」として、重要資料の保存などに役立てられている。前時代の遺産が思わぬ活用法をされているわけだ。

 礼拝は一週間でわずか一時間である。わずか一時間だから、礼拝には余計な時間が入る余地がない。礼拝にはあなたを傷つける言葉も急き立てる標語も煽り立てる文句もない。
そうしたウイルスが入る余地はない。その代わり礼拝は、私たちにとって重要な事柄でみっちり埋まっている。礼拝は私たちを励まし、新たにし、明日を目指す力を与える言葉と行いに満ち溢れている。まさに礼拝は、人生のフロッピーディスクなのである。

 確かに礼拝は、古臭いかもしれないし、前時代的かもしれない。しかし、だからこそ価値があるのだ。時代や社会の影響を受けることなく人々を励まし続けてきたのが礼拝なのである。あなたは人生の重要事項を何に託すだろうか。そこにウイルスはやってこないと断言できるだろうか?ぜひ礼拝によって生きる事に、あなたの重要事項を託してみてはいかがだろうか。