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ショートエッセイ#50『ダイヤの雨が降る星』

なんと土星ではダイヤモンドが雨のように降るそうだ。大気の成分や温度、圧力などが特殊な条件で組み合わさることで、炭素が結晶化し、空から宝石が降るらしい。なんとも羨ましい話である。せめてうちの庭だけでも降らないかしら。
しかし実は、宇宙全体で見れば「ダイヤモンドが降る星」より「雨(水分)が降る星」の方が極めて珍しい存在なのだ。液体が存在し、循環し、雲となり、やがて地表に降る。この一連の出来事は、当たり前のようでいて、実は奇跡的な条件の重なりによって成り立っている。私たちはダイヤモンドの雨に憧れるが、実は普通の雨が降る星に住んでいることの方がずっとずっと珍しく、またありがたいことなのだ。
人間というのは不思議な存在で、本当に価値あるものを求めているようでいて、実際には価値云々より自分が持っていないものを欲しがる傾向が強い。遠くにあるものほど輝いて見え、手元にあるものほど色あせて見える。だからこそ、豊かさの中にいても不足感にとらわれ、恵みの中にいても不満を覚える。欲望の対象はしばしば価値そのものではなく、「未所有」であることが多い。そしてこれは裏を返せば、故に今持っているものの価値を低く見積もってしまうことにも繋がる。
人生を安定させるのは、持っていないものを追い続ける姿勢ではない。すでに与えられているものの意味と価値に気づくことである。日常の健康、人間関係、環境、毎日の様々な時間など。これらはどれも、宇宙規模で見れば決して当たり前ではない。むしろ極めて希少な条件の上に成り立っている。そしてそれらは別の人から見れば喉から手が出るほど欲しいものだろう。そういえば世界一の投資家ウォーレン・バフェットもこんなことを言っていた
「私は既に老齢。たとえ借金まみれでも若者の方がずっと羨ましい。」
無い物ねだりは、心を常に欠乏させる。無い物ねだりの反対は「感謝」だ。今ここにある豊かさや恵みに気付くことで感謝に至る。確かに私たちにはダイヤモンドの雨は降らないが、しかし生命を維持するための水が豊かに降ってくる星に住んでいる。無い物ねだりではなく感謝をもって日々を過ごそう。
