Home > ショートエッセイ > ショートエッセイ#52『柔らかいお菓子をください』

ショートエッセイ#52『柔らかいお菓子をください』


 歯が痛い。私の奥歯は長年の食いしばりによって大きなヒビが入り、それが神経に刺激を与えて「電撃痛」と称されるほどの激痛をもたらしている。というわけで先日、ヒビにプラスチックを流し込んで固定する処置をした。しばらくは神経が回復するのを待ちつつ経過観察である。で、今何が一番つらいかというと…

「柔らかいものしか食べられない」

 現在、私の主食はお粥、絹豆腐、卵、野菜ジュースである。まことに慎ましい。精進中の坊主だってもっといいもの食ってそうである。最初の一週間で2キロ体重が落ちた。奥歯ヒビダイエットである(やだなぁそんなダイエット)。

 さて、そんな調子の食生活なので慢性的なカロリー不足でふらつくわけであるが、ひょんなとこから助けがあった。先日、保育園の事務所に寄った際にフワフワのスポンジケーキを頂いた。私は「食事、おかず、柔らかい」ということしか考えていなかったので、柔らかいお菓子が頭になく、スポンジケーキはまさに盲点だった。「なるほどこの手があったか」と妙に感心しつつ、スポンジケーキをほおばった。瞬間、脳みそにじわーっと温かいものが広がった(本当にそう感じた)。精進中の坊主も真っ青の荒野の食生活に、スポンジケーキによるカロリーの雨が降った。以後私はカステラを貪り食うようになり、見事に体重は元に戻った。

聖書にこんな言葉がある。「私の助けは天から来る」

 これは「空から降ってくる」という意味ではない。天から来るというのは要するに「思いがけないところから、思いがけない仕方で」という意味である。思えば確かに、想定内の助けというのは想定内であるが故に、大きな驚きや感謝は少ない。何せ想定内だからである(今回でいうところの絹豆腐だ)。人が大きく驚いたり「いやぁ助かった!ありがたい!」と思うのはだいたい、想定外の、予期せぬ助けに対してである(今回でいうスポンジケーキだろう)。そして聖書は、神様の助けはいつだって想定外だ、ということを教える。問題なのは、想定外であるが故に、それを助けと認識するには注意が必要だということ。そしてその、神様からの想定外の助けに気付かされていく姿勢を「信仰」と言うのだろう。

 予期せぬ助けに守られつつ生きる、それがキリスト教信仰の生き方だ。というわけで差し入れにはぜひ、柔らかいものをお願いします。