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ショートエッセイ#59『カニは何色?』

いきなりだが、カニを想像してほしい。色合いまで詳細。おそらく多くの人は、赤いカニを想像したのではないだろうか。しかし!そこに大きな落とし穴がある。そもそもカニは赤くない。赤いのは茹でた後だ。つまり私たちは「カニを想像して」と言われると、なぜか勝手に調理済みの状態を思い浮かべてしまうのである。
私たちは事実を思い出しているつもりで、実際には加工したものを思い出している。要するに、食べる前提で勝手に茹でているのだ。
このことは、人生を振り返る時にも起こる。例えば「あの頃は本当に大変だった」と思い出すことがある。しかし実際には、その時期にも笑った日があり、美味しい食事があり、誰かとの会話があり、穏やかな夕方があったはずである。逆に「あの頃は最高だった」と懐かしむこともあるが、実際には悩みも不安も失敗もあっただろう。ところが私たちは人生を振り返る時、まるでカニを茹でて赤くした状態で思い出すのと同じように、勝手に加工処理をして想起 してしまう。苦しかった出来事を中心に人生全体を塗りつぶしたり、あるいは楽しかった思い出だけを残して現実を美化したりする。ここでもやはり、勝手に調理してしまう。
聖書はしばしば、人間の記憶や判断が完全ではないことを語る。イスラエルの民は荒れ野で神の恵みを受けながら、それを忘れて不平を語った。反対に、苦難の中にあっても神の導きを思い出し、希望を見出した人々もいた。大切なのは、自分の人生を一つの色だけで見ないことで ある。今が苦しい時期なら、その中にも与えられている恵みを探してみたい。逆に順調な時には、自分の力だけでここまで来たのではないことを思い出したい。人生は赤一色ではない。黒もあれば灰色もあり、青空の日も雨の日もある。その全てが重なって、私たちの歩みになっている。
神様は、その加工前の人生をご覧になっている。私たちが忘れてしまった恵みも、気づかなかった支えも、見過ごした祈りもご存じである。だから時々、自分の人生を「茹で上がったカニ」としてではなく、ありのままの姿で見直してみるのも良いのではないだろうか。案外、思っていたよりずっと多くの恵みが見つかるかもしれない。
